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両眼視の個人差

個人差が生じる理由

ではなぜそれほどまで両眼視に個人差が生じるのでしょうか? 理由は大きく二つあります。まず一つめは、子供のころ両眼視が健全な成長をするための訓練がうまくできなかった場合です。両眼視の訓練なんて聞いたことがないし、両目で見ることに訓練なんて必要かといわれますと、答えは「YES」です。

人は生まれながらに両眼でものを見ることによって距離感をつかむという機能を持っているわけではありません。それは子供のころ、日々の日常生活の中で、見るという行為を伴ったいろいろな行動や作業が訓練となり、次第に発達していくのです。訓練は生まれてすぐに始まります。最初の生後6ヵ月間は両眼視をするための基本的な目の機能を習得します。見たい物へ視線を動かす(共同運動)・一点を見据える(固視)・近いところを見る時に水晶体を厚くしてピントを合わせる(調節する)・遠いところを見る時は水晶体を薄くする(調節を抜く)・近いものを見る時に視線を内に向ける・遠いものを見る時に視線を外に戻す(輻輳と開散)などです。6ヵ月間かけこれらの機能が備わったら、いよいよ次は両眼視&立体視を習得する壮絶なトレーニングの開始です。絵本を見るのも、スプーンを使って食べ物を食べることも、駆け回る犬を目で追っかけるのも、自分自身が走り回って遊ぶこともすべて両眼視にとっては大切な訓練です。

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また小学校に上がるともう一段レベルの高い訓練が待っています。先生が黒板に書いた文字をノートに書き写したり、行を飛ばさずしっかり本を読んだり、キャッチボールなど高速で飛んでくるボールをつかんだりして、日々訓練に励みます。順調にトレーニングが進めば小学校の高学年に上がる頃には、ほぼ成人に近い両眼視&立体視ができ上がります。

両眼視はピラミッドを作り上げていくように形成されていきます。上記の図は今から約100年前(1910)にクロード・ワース(研究者)が両眼視をわかりやすく説明するために提案したピラミッド図です。

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立体視

両眼視差が大きいか小さいか、そして経験から身につける遠近感の二つを脳の中で足し合わせて立体感を感じ取る。経験から覚える遠近感とは、遠くのものの方が色合いやコントラストが弱い・大きさが小さい。重なったものを見る場合重なって見えない部分がある方が遠いなどです。

融像

脳まで伝達された右目の画像と左目の画像 (両眼視差があるため違いがあります)を一つに取りまとめる。

同時視

右目で見ている景色と左目で見ている景色が100%脳まで伝達される。(視線のズレなどから片眼の景色の中心部もしくは中心部と周辺部の両方が脳まで伝達されなかったり、伝達が弱い場合があります)

 訓練を阻むもの

このように両眼視&立体視はしかる時期にしかる訓練をしてはじめて習得できるわけですが、この大切な訓練にとんでもない邪魔が入ることがあるのです。それは近視・遠視・乱視の未補正もしくは低補正です。未補正とは近視・遠視・乱視があってもメガネ等を使用しないということです。低補正とは近視・遠視・乱視の度数が成長とともに変わっても気づかずに合っていないメガネを掛け続けるということです。つまり普段低い視力のまま生活するということです。両眼視の訓練では、まず見たいものにすばやく視線を移し、しっかり両目で見据え、対象物が近くにあれば水晶体を膨らませ視線を内向きにします。対象物が遠くにあれば水晶体を元に戻し視線を開かなくてはなりません。見るものがボケた状態では、目も脳もそんな小難しい作業をする意欲を削がれてしまいます。ボーと見ることがとても居心地がいい状態になってしまいます。性能のいい両眼視&立体視を獲得するには、まず良好な視力が必要なのです。

近視・遠視・乱視の度数の変化はある日突然起こりません。体が日々成長するように少しずつ変化しますから、子供さんは視力が低下してきたことを自分では気づかない場合が多いのです。ボケて見えててもこれが普通の世界だと思っているのです。そしてお母さんが「見えてる?」と聞いても、子供さんは当たり前のように「見える」と答えます。両眼視機能は習得した後70年以上使用する大切な機能です。訓練期間中は半年に一回はお近くの眼科さんや眼鏡店で視力チェックをしてください。

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 個人差が生じるもう1つの理由

子供のころから視力はいい、または子供のころから近視・遠視・乱視だったけどメガネはしっかり掛けていた。特に目の病気もしたこともなく、訓練は問題なくできたはずだと思われる方でも両眼視に問題を抱えている方はたくさんいらっしゃいます。なぜでしょうか。それは持って生まれた右目と左目の微妙な視線のズレが原因です。この微妙な視線のズレはほとんどの人が持っています。ただ目を開けている間は自分で修正して正常な視線を維持していますので、見た目にはまったく分かりませんし、ほとんどの人が自分で修正しているという意識も全くありません。ここで問題になるのはそのズレの量です。ズレの量はとても大きな個人差があります。ほんのわずかしかなく両眼視には全く問題のない人、結構量があるため一日中その修正を余儀なくされ、夕方近くになるとどっとその疲れが出る人、量があまりにも大きすぎて両目で見ることをあきらめてしまう人など様々です。両目で見ることをあきらめてしまうと右目または左目のどちらか一方が、一日中外に向いたまま、もしくは中に向いたままになります。この状態を斜視といいます。これに対してズレの量が修正できる範囲のため視線は全く正常に保たれていて、他の人から見ても自分自身でも気づかない状態を斜位(英語名Phoria)といいます。残念ながらこの日本では斜視ということばは広く認知されていますが、斜位に関してはあまり広く知られていません。そのため斜位が原因となる両眼視の問題を抱えても、自分の目は生れつき疲れやすい目なんだとあきらめている方がかなりの数いらっしゃると推測されます。

外斜位00.JPG
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基本的な斜位のタイプは次のようなものがあります。視線がやや外向きにズレている外斜位、視線がやや内向きにズレている内斜位、そして左右の目が上下方向にズレている上下斜位の3タイプです。上下方向にズレるということは、右目がやや上向きで左目はやや下向き、またはその反対という状態です。また遠方視の時だけもしくは近方視の時だけ斜位があったり、遠方を見ている時も近方を見ている時も斜位がある場合もあります。量にも個人差がありますから、斜位の状態は十人十色ということです。斜位の量が少ない場合は両眼視には影響はありませんが、ある程度の量がある方は一日中視線の向きを修正しなくてはなりません。それは朝起きた時から夜寝るまで続きます。そのため眼精疲労、肩こり、頭痛などさまざまな症状を引き起こします。中には吐き気まで催す場合もあります。また視線の修正で手一杯ですから、融像も立体視も疎かになり、両眼視全体がとても不安定になります。これが原因で大型免許の深視力試験が通らない場合もあります。 

 最も深刻な両眼視状態

もっと深刻な症状が出る場合があります。それは疲れてくるとものが2つに見えてしまうという症状です。視線のズレを一日中修正し続けるということはとても大変な作業なため、視線を正常な位置に保つことを諦めてしまう、または疲れてできなくなってしまう状態に陥るのです。視線のズレの修正を止めると、目はそれぞれ違った方向を見てしまいます。その途端見ているものが突然2つになります。乱視のある人がものがダブって見えるという症状を訴えることがありますが、ダブって見えるのではなく見ているものが全てが2つになります。目の前のテレビが2台になります、読んでいる本が2つになります。また車を運転中なら道路が2本になります。

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この状態を複視といいます。片目を閉じれば症状がなくなり元の1つの世界に戻れますので、複視が起こると運転中でも片目をつぶることになります。しばらく片目もしくは両目を閉じているとズレを修正するための力が戻ってきますので、両目を開いても1つに見えるようになります。複視の症状を起す方は毎日毎日がこの繰り返しで、仕事にも勉強にも過大な影響を及ぼします。

この複視の状態が長く続くと両眼視は次のステップに進みます。それは両目を開いたまま自己防衛的にどちらか一方の目の電源をOFFにしてしまうのです。電源をOFFにするという意味は、目から入った情報が脳に伝わらないように途中でカットしてしまうという事です。これを抑制といいます。伝達経路のどの場所でどういったメカニズムでカットされるのかまだ解明されていません。複視が起きている人にとっては両目を開いても1つに見えるようになるわけですから、抑制は一見便利な機能のように思われます。しかしそれと引き換えに大切なものを失います。片目の電源をOFFにするということは、両目が開いていても片方の目だけでしか見ていないわけですから、両眼視時の広い視野も立体視も低下します。また片眼しか使っていない状態を自分では意識していない場合が多く、その場合視野の広さや距離感が低下していることにも気付きません。できればそんな状態に陥る前に手立てを打ちたいものです。   

  斜位への対処法

では斜位で困っていらっしゃる方はどんなメガネを掛ければいいのでしょうか? まずはじめに、斜位があり、かつ近視または遠視もある場合です。とても大雑把な言い方をすると、遠視や近視のレンズはそれらを補正して視力を上げるだけではなく、遠視に使う凸レンズは視線を外向きに、近視に使う凹レンズは読み書きをする時(近方視時)に視線を内向きにする効果もあります。遠視の人は内斜位が圧倒的の多いのですが、その場合とにかく遠視のメガネを掛けてください。それも授業中だけではなく一日中掛け続けてください。遠視のメガネを掛けるだけでも視線を外方向へ向けてくれる効果があります。近視で外斜位の場合、凹レンズは視線を内向きにする効果がありますから、黒板やテレビを見る時だけでなく読み書きをする時にも必ず掛けてください。またメガネを作る際、慣れにくいからと弱めに合わせることは決してしないで、できるだけ1.0や1.2が見えるように合わせます。逆に近視で内斜位の場合はメガネは弱く合わせます。1.0や1.2が見えるように合わせると近方が見づらくなり、読み書きに支障をきたします。(若い人でも老眼の人と全く同じ症状になります。

次に近視も遠視もなくメガネは掛けていないけれど斜位が原因の両眼視不良がある場合、また上記の近視や遠視のメガネの度数の調整だけでは斜位を完全に修正できない場合や、上下斜位にはプリズムレンズのメガネを使用します。内斜位用のプリズムレンズは光がレンズを通過後外向きに変わり目の中に入ってきます。そのため自分で視線を外向きに修正する必要がなくなります。外斜位用のプリズムレンズは内向きに変わり目の中に入ってきますし、上下斜位用のプリズムレンズはレンズを通過後片眼は上向きに、片眼は下向きに変わって目に入ってきます。そのため自分の眼筋を使って斜位を修正する必要がなくなります。プリズムレンズと言っても特殊な形状をしているわけでもなく、遠視や近視の度数にプリズムの機能を付け加えてレンズを注文することもできますし、度なしのプリズムレンズも製作できます。また遠近両用レンズにプリズムの機能を付け加えることもできます。プリズム効果の入っていないレンズと比べますと、外斜位用のプリズムレンズはレンズの内側が、内斜位用はレンズ外側がやや厚くなります。また上下斜位用のプリズムレンズは片方のレンズの上側が、もう片方のレンズの下側が若干厚くなりますが、どれも見た目にはほとんどわかりません。

ではどこでそのプリズムの機能が付いたレンズを注文することができるかですが、国内国外問わずほぼ全てのレンズメーカーがプリズム加工のオプションを設定しています。眼鏡店に置いてあるレンズの価格表のオプション項目には必ずプリズム加工があるはずです。しかし日本では両眼視機能検査をする眼鏡店がごく限られるため、最も検眼技術が進んでいるアメリカやカナダと比べると、発注される量はとても少ないようです。プリズムレンズは決して特殊なレンズではなく、本来は欧米の検眼先進国のようにもっと広く活用されるべきレンズ機能です。

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